YMOのリーダー、教授というニックネームで多くのミュージシャンにリスペクトされている坂本龍一さん。
坂本龍一さんは、2度の結婚・離婚歴があります。
2度の結婚相手や現在の妻は誰なのでしょうか?
見てみましょう。
坂本龍一の基本プロフィール!

生年月日: 1952年1月17日
出生名: 坂本 龍一
出身地: 東京都中野区
学歴: 東京芸術大学大学院修士
YMO結成までの経歴
東京芸術大学音楽部作曲科に入学した坂本龍一さんは、その後同大学院音響研究科へ進学、修士課程を修了されています。
東京芸術大学在学中に、セッションピアニストとして活動スタート。
やがて友部正人さん、リリィさん、大貫妙子さん、山下達郎さん、吉田美奈子さんと出会ったことでポップミュージックに触れ、スタジオミュージシャンやアレンジャーとして活動。
『教授』という、今ではおなじみのニックネームで呼ばれ始めたのがこの頃です。
自身のファーストアルバム『千のナイフ』レコーディングで高橋幸宏さんと細野晴臣さんに出会っています。
この時の3人で1978年に結成したグループがYMO(Yellow Magic Orchestra)になります。
【時系列】坂本龍一の歴代妻の画像は?
YMOのリーダーとして一世を風靡した坂本龍一さんは、2度結婚されています。
お子さんは3人。
1度目の結婚は、東京芸術大学在学中に一般人の女性と学生結婚されて、長女が誕生しています。
推測ですが、1度目の結婚は坂本龍一さんが20歳の1972年頃だと考えられます。
2度目の結婚相手のミュージシャン矢野顕子さんとは、まだ1度目の奥様と離婚が成立していないにもかかわらずお付き合いが始まります。
1980年に、矢野顕子さんとの間に坂本美雨さんが誕生。
その後1度目の奥様と離婚が成立し、1982年に矢野顕子さんと再婚されています。
矢野顕子さんも離婚歴があり前の夫との間に出来た息子さんが居ました。
やがて、1992年頃から矢野顕子さんと別居生活となっています。
理由は、坂本龍一さんと一般女性との間に1990年息子が誕生したこと。
2006年に坂本龍一さんは矢野顕子さんと正式に離婚が成立しています。
しかし、一般女性とは2022年現在まで入籍されていません。
それでは、坂本龍一さんの歴代妻の画像を時系列で見て行きましょう。
東京藝大在学中に一般人女性と結婚

坂本龍一さんは東京芸術大学在学中に一般人の女性と学生結婚されています。
一般女性なので顔や年齢等は公表されておらず、写真はありませんでした。
長女が誕生しますが、1982年に離婚が成立しています。
1998年12月6日放送『おしゃれカンケイ』で坂本龍一さんは長女についてこのように話されています。
『最初の娘とは赤ちゃん時代に別居しちゃって、ほとんど会ってなかったんです。』
15年ぶりに長女と会った時、娘の事を『あきこさん』とさん付けで呼んだそうです。
そして、あきこさんは実のお父さんである坂本龍一さんを「坂本さん」と呼ぶそうです。
しかし、『あきこ』って名前、浮気相手の矢野顕子さんと被ってます。
15年も会ってなかったということは親権が母親にあって会わせてくれなかったのか会わなかったのか?
どちらにせよ、あまり良い別れ方ではなかったようですね。
前出のテレビ番組『おしゃれカンケイ』で坂本龍一さんは離婚当時の事をこのように振り返っています。
『ものすごいもめて、離婚するまでに7年ぐらいかかったかなぁ。』
1982年に矢野顕子と結婚

坂本龍一さんの2度目の結婚相手はミュージシャンの矢野顕子さんです。
1度目の結婚相手とまだ離婚が成立していないうちにお付き合いをされています。
きっかけは1979年『YMOワールドツアー』に矢野顕子さんが参加されたことです。
坂本龍一さんは矢野顕子さんに一目ぼれをしたそう。
当時矢野顕子さんは、9か月前に離婚が成立したばかりの状況。
坂本龍一さんは離婚調停中でした。
やがて、1980年5月1日2人の間に娘(坂本美雨さん)が誕生。
1980年に矢野顕子さんと再婚されています。
1990年(平成2年)ご夫妻はアメリカ、ニューヨークに拠点を移しました。
矢野顕子さんとは、1992年頃から別居生活。
そして、2006年に離婚が成立という運びになります。
当時のマネージャーだったと言われている女性との間に子供が誕生したのが1991年です。
2001年夏頃から離婚協議に入って離婚までに15年も年月が流れています。
矢野顕子さんが坂本龍一さんの浮気を公認していたためという噂もありましたが真相は解りません。
慰謝料が5億円という噂もあったので、それもあるかもしれませんね。
こちらの写真は、2022年坂本美雨さんのお子さん(坂本龍一さんの孫)とのほほえましい2ショットです。

とても微笑ましいですね!
1987年〜空里香とパートナーに!?

1990年(平成2年)に坂本龍一さんと矢野顕子さんがニューヨークに移住された時、1人の女性もニューヨークに引っ越ししています。
その方が、坂本龍一さんと矢野顕子さんの離婚の原因とされている女性です。
その女性の名前は空里香(そら・のりか)さんで、当時28歳でした。
空里香さんは、当時坂本龍一さんのマネージャーをされていたと言われています。
坂本龍一ご夫婦が移住した翌年の1991年に坂本龍一さんとの間に男児、空音央(そら・ねお)さんが誕生。
この頃の空里香さんの職業はアートディレクターや坂本龍一さんのマネージャー。
矢野顕子さんとの離婚が2006年に正式に成立していますが、空里香さんとは2022年現在入籍はされていません。
2018年のニューヨークタイムズには、このように書かれています。
「Norika Sora, Mr. Sakamoto’s wife and manager(坂本氏の妻でマネージャーの空里香)」
坂本龍一さんは、2014年中咽頭ガンが発覚。
家族で坂本龍一さんを支えて闘病を続けておられます。
坂本龍一さんは、2012年から5年間にわたる密着取材をまとめたドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto: CODA」を公開。
撮影スタッフの中に空音央(そら・ねお)さんの名前、そして、エグゼクティブプロデューサーとして。空里香さんの名前が出ています。